多細胞生物の細胞は、その役割や時期ごとに適切な遺伝子が発現するよう制 御される。遺伝子をコードしたDNAは染色体として折りたたまれた状態で細胞核 に収納されており、その三次元構造や配置が遺伝子制御と関連をもつことが近年 の研究で示唆されている。したがって染色体の構造を知ることは遺伝子制御の仕 組みを理解するうえで重要な課題だが、現在、染色体の詳しい三次元構造を実験 的に観測することはできない。そこで、分子生物学的に測定されたDNA領域間の 相互作用頻度をもとに、計算機上で三次元構造を再現する試みがなされている。
近年の実験により、染色体構造は細胞ごとのバリエーションが大きいことが 明らかになった。実験で測定される相互作用頻度は様々な構造に由来する重ねあ わせだが、従来法はこの点の考慮が不十分である。本研究ではバリエーションを 陽に考慮して染色体構造のアンサンブルを生成し、得られた構造を解析すること を目指す。
構造のバリエーションを表現するため、ひとつの構造でなく、多数の構造を まとめた集団に対してスコア関数を定義する。そして相互作用頻度が実験値と合 うように、構造集団を協調的に最適化する。
間期ヒトLymphoblastoid細胞のDNA相互作用頻度から提案手法により生成した 構造アンサンブルについて、実験と計算の相互作用頻度値の比較、実験で知られ ている構造的特徴の再現性、得られた構造の多様性について議論する。